日本人による「無意識」で「悪気のない」人種差別

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皆さんは「人種差別」と聞くとどんなことを想像するでしょうか?

実際に海外で人種差別をされた経験がある人も多いかもしれませんね。

私も実際にフランスの街角で、大声で罵倒された経験がありますよ。

私はフランス語がさっぱりなので良く分からなかったんですが、アジア人に対する文句を延々と大声で叫んでいたみたいです。(夫談)

このようにアジア人である日本人は「人種差別」というと「差別される側」としてのイメージが強いですよね。というか、きっとほとんどの人が差別される側としての意識しかないような気がします。

しかし今回はそんな一般的なイメージとは反対に「差別する側」としての日本人について話題にしてみたいと思います。

日本人による「無意識」で「悪気のない」人種差別

悪気のない無意識の人種差別

人種

私自身、国際結婚をするまでは「日本人は人種差別をしない。」「日本人は差別される側」という 被害者意識を結構強く持っていました。というかそれしか持ってなかったですね、正直言って。

人種差別というのは特定の人種に対する暴力や嫌がらせや暴言、暴力といったあからさまなものだけではなく、「見た目」で判断して「偏見」を持つことも含まれます。

そして日本人はこの「見た目」で判断して「偏見」を持つということを、悪気なく、無意識でしていることが本当に多いんですよ。

外国人夫に対する悪気のない「偏見」

アメリカ人である夫と一緒にいると、悪気のない偏見にしばしば遭遇することがあります。

スーパーやコンビニで支払いの際に

「ドライアイス使いますか?」

「袋はいりますか?」

「お箸入れますか?」

夫を見ずに隣にいる私に全部聞いてきたりするのは日常茶飯事ですね。

夫が日本語で受け答えをしていても、です。

レストランでオーダーする時も

夫が日本語で注文しても

注文の確認やサイドメニューの選択、ドリンク等々、すべて私に確認してきたりします。

間違いがないように確認しているのかもしれないし、外国人だから緊張して私に聞いてくるのかもしれませんね。

まあ、どちらにせよ全く悪意は感じられません。

でも実際に自分がコレをやられたら結構凹みません?

「外国で英語で話したのに、自分をスルーされてネイティブスピーカーに確認される。」

ってことですからね、要は。

見た目の誇張表現は差別?

目じりを引っ張って目を細くするジェスチャーは、アジア人に対する差別的なジェスチャーです。これは結構知られてますよね。(目の小さいアジア人を揶揄するようなジェスチャー。)

ではこの逆はどうなんでしょう?

外国人の真似をするときに付け鼻をして必要以上に鼻を大きく見せたり、イントネーションの不自然な片言の日本語で話す真似をしたりしますよね。

これっていまだにテレビでも普通に見られますし、笑いの対象になったりしています。

でもコレを差別だって認識してる人って、実際どれだけいるんでしょうね?

この事実には、とてつもない違和感を感じます。

外国人に「ハロー」というのは差別?

日本人に「ニーハオ」と話しかけるのは差別?

じゃあ外国人に「ハロー」と話しかけるのはどうなんでしょう。

実は前者は以前にtwitterで目にした話題です。

恐らくほとんどの人が「それは人種差別だ!」なんて言うんじゃないかな?

一方で後者を人種差別と感じる日本人は、たぶんほとんどいないでしょうね。

どちらも見た目で判断していることには変わりないんですけどね。

アジア人はダメで欧米人なら許される?

見た目で判断して悪気なく「ハロー」と言った相手は、本当に英語が話せるんでしょうかね?

フランス人の同僚の憤り

ここで外国人に対する「ハロー」に関して、ひとつの体験談をシェアしてみたいと思います。

以前一緒に働いていた同僚の話。

彼はフランス生まれフランス育ちの日仏ハーフ。

フランス語はネイティブ、日本語は日常会話程度

そして英語はほぼ話せなかったんです。

日本では日本語で生活しているんですが、たびたび「外国人」という見た目で判断されて「英語」で話しかけられることに憤りを感じていました。

男性

アメリカ出身でも

オーストラリア出身でも

フランス出身でも

ブラジル出身でも

日本人は見た目で「外国人」というひとくくりにしてしまいますよね。

でも自分たちが「中国人」と間違えられると、不快感を露わにしたりして。

アジア人=中国人とひとくくりにするのと何ら違いがないようにも思えるんですけどね、、、。

その「外国人」は英語が話せないかもしれません。

見た目は「外国人」でも、日本生まれ日本育ちかもしれません。

片親が「外国人」のハーフかもしれません。

見た目だけでは何も分からないということを忘れちゃいかんです。

でも日本人には「差別」の感覚や「悪気」は全くないんですよね、不思議なことに。

いや。むしろ「良かれと思って」やっていることのほうが多かったりして。

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では外国人にはどう話しかけるのが正解なの?

この問題に関して個人的には、「相手の国籍に関わらず、今いる現地の言葉で話しかければいいんじゃないの?」と思っています。

「ニーハオ」とあいさつされて不快に思う人も、中国を旅行中に現地の言葉で「ニーハオ」と言われても何も感じないでしょう?

逆に現地の言葉で挨拶されて、嬉しく感じることもあるかもしれませんよね。

そこがアメリカだったら「ハロー」で良いんですよ。

そこがフランスだったら「ボンジュール」

日本だったら「こんちには」

相手の人種を見て言語を変えるんじゃなく、相手の見た目に関わらずまずは「現地の言葉」で話しかけるのが最適だと思っています。

「人種差別すること」に鈍感な日本人

日本人が無意識でしている悪気のない人種差別について、いくつか例を挙げてみましたが、これらはすべて「日本に住む」「国際結婚夫婦」である私が感じたものです。

海外に住む人たちは「差別される側」としての意見を強く持っているかもしれませんね。

しかし個人的に思うのは、

日本人は「差別される」ことに関してはとても敏感だけれど、「差別する」ことに関してはとても鈍感だということ。

日本に訪れる外国人も年々増加し、今後こういったことに遭遇する機会もどんどん増えてくるでしょう。

自分が無意識にしている行動が人種差別になり得るかもしれない。

悪気がなくても、相手を不快にさせてしまうかもしれない。

そんな可能性があることを把握しながら、今後更に「人種差別」について理解を深める必要があるように思います。

「人種差別問題」は遠い外国の話ではなく、実は身近なところに存在してるんです。

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